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科学とは、カマキリの気持ちになってみること

今日は、6月の終わりから7月にかけて
CLCworksのお部屋で行われる「ちいさな絵本カーニバル〜かがく〜」の際に
ぜひ選びたいと思っている絵本の1冊を紹介します。


けっしてそうではありません/五味太郎

けっしてそうではありません


3月のしゃくとりむし
しゃくとり虫は 樹の高さをはかっているのではけっしてありません。
まだ足し算も掛け算も習っていないから はかってもむりなのです。
(p8 3月のしゃくとりむし より)


突拍子もないかもしれないけれど、
「科学」ってまずはこういうことなのかな、と思ったりするのです。

その生き物の気持ちになってみること。
自分が、人間として、当たり前だと感じていることは、
その生き物にとっては、決して当たり前ではないのです。

じゃあ、どうして、しゃくとりむしは
ああも懸命に、樹をのぼって行くのだろう??
しゃくとりむしにとって、
樹をのぼるってどういうことだろう??


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以前、「クオリア」で有名な
脳科学者の茂木健一郎さんのツイッターにこんな文章があげられていて
ひどく共感したものです。一部引用させてもらいますね。

(1)最近、ある場所で子どもたちがインタビューされるのを見ていたら、将来なりたいものとして、「科学者!」と答える子が案外多いのに驚くとともにうれしくなった。ぼくも、蝶の採集や研究に明け暮れた小学生時代で、「科学者になりたい!」と大人たちに言っていたものだ。kenichiromogi 2011/12/26 07:13:48

(2)子どもたちに科学に対する興味をどのように持ってもらうか。ぼくは、一つの鍵は「カマキリの気持ちになる」ことだと思っている。そんな話を東京芸大で授業をしていた最初の頃に言ったら、今でも覚えている学生がいるので、今朝はそのことを書こうと思う。kenichiromogi 2011/12/26 07:14:59

(3)秋の野でカマキリを一匹見たとき、「ああ、いるんだ」で片付けてしまわないで、そのカマキリの気持ちになって一生をたどってみる。まずは、生まれたとき。あんなに小さいのに、一体何を食べて育てばいいというのか。kenichiromogi 2011/12/26 07:16:35

(4)カマキリは結局自分が食べた分しか大きくなれない。余裕になって蝶でもバッタでも取り放題になったらいいとして、卵から孵化して小さいときに、か弱いカマで何を食べるのか。そんな風にカマキリの「気持ち」になって想像してみることで、科学に対する興味がわいてくる。kenichiromogi 2011/12/26 07:17:42

(5)カマキリは小さい時にはアブラムシなどを食べているようなのだが、そこから始まって、徐々に大きな獲物に「アップグレード」していく。自分がとれる獲物をどうやって判断しているのか。自分の身体の大きさと、相手の大きさをどうやって比較しているのか、想像始めると興味は尽きない。kenichiromogi 2011/12/26 07:19:08

(6)川を泳ぐ魚を見て、「ああ、いるんだ」で済ませないで想像してみる。流れに逆らって泳いでいないと、同じ場所にとどまれない。大雨が降って濁流になったときは、どうやって同じ場所にいるのか。小石の下に隠れる? あるいは、流されてしまう? それから、時間をかけて戻っていくのか? kenichiromogi 2011/12/26 07:20:59

(7)自然の中に息づく生きもの、物体を見て、「ああ、あるんだ」と片付けるんじゃなくて、そのものの気持ちになって、どうなっているのか想像してみる。科学とは、つまりは他者の気持ちを思いやることであり、他者の気持ちになって、どのように成立しているのか想像してみることである。kenichiromogi 2011/12/26 07:22:53

(8)りんごが落ちるのを見て、「ああ、落ちるんだ」で片付けなかったからこそ、ニュートンは万有引力を発見できた。光を光のスピードで追いかけたらどうなるのかと、光の気持ちになったから、アインシュタインは相対性理論をつくれた。他者の立場になって想像するところから科学は始まる。kenichiromogi 2011/12/26 07:24:14

(9)テクノロジーに対する興味も同じこと。コンピュータやスマートフォン、インターネットが、「ああ、そういうのあるんだ」で片付けないで、どのように動いているのか、スマホやネットの気持ちになって想像すれば、科学への興味がわいてくる。科学する子とは、他人の気持ちがわかる子である。kenichiromogi 2011/12/26 07:26:07


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同じように保育師をされている方も
「科学する気持ち」を育てることは、
相手の立場に立って考える「思いやり」を育てることにも繋がる、とおっしゃられていました。

どうしてそんな風になるんだろう?
どうしてそんな風になっているんだろう?

どうしてあの人はあんな風に言うのかなあ、、

なんて。
物事には、それを支えている背景があって、
自分の常識に合わせて、きっとそうに決まってる!ではなくて、
その生き物の性質とか
置かれている周りの環境とか状況とか、進化の過程とか。
長い長い目で見たり、
1つ1つ丁寧に考えて行くと、
思いもよらなかったことが見えてきたりするんです。


そこで、自分だけで考えていると必ず「分からない」が出てくる。
そうすると、他の人に聞いてみたり、
昔同じようなことを考えた人はいないかを調べてみる。

自分が考えたことと、
他の人が考えたこと、考えてきたことをつき合わせてみると
また思ってもいなかった発見になるかもしれない。

もちろん科学に限らないですが、こういう気持ちを育てるには
科学がその1つになるし、
もっと言うと自然科学に限らず、
何かについて「学ぶこと」ってそういうことだなあと思ったりするのです。


「ああ、いるんだ」
「ああ、あるんだ」で終わらせない、
他者の立場になって想像すること、大切ですよね。


それでは、またmaichi2(変換後)

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