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またまたお休み…。

またまたご無沙汰しております。
まいちこと坂倉真衣です。

ゆっくり、のんびりでも、
続けることが何より大切だ、と分かっていつつも
気がついたら、あっという間に時間が過ぎています。

そんな訳で、またしばらくお休みをしてしまいました。
半年以上ぶりですね。
(あまりに久しぶりだとどこから書けばよいのやら…。これが再びブログを放置してしまう理由…。
悪循環ですね。)

ブログをおやすみ中に、コドモtoサイエンスカフェは10回目を迎えました(^ ^)
記念すべき10回目は、「博士と一緒に、冬の夜空を旅しよう!」ということで、
九州大学理学研究院より、山岡均 星博士を迎えて開催しました!

フライヤー。第10回目のフライヤーからついにまいちも登場です。笑

フライヤー


今回は、受付で冬〜春にかけて見える星座のカルタを使って席を決めました。
会が始まってその星座を確認しています。
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今回は、「惑星」をつくりました。写真は、天王星と海王星、かな?
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出来た惑星、みんなでせーの!
せーの、で惑星

最後は、コドモtoサイエンスカフェでは先生方にいつもお尋ねしている、
博士の子ども時代についてお話をしてもらいました。
星博士、山岡先生が子どもの頃に読んでおられたという「星座をさがそう/福音館書店」は
いまも販売されていて、偶然に私たちも会場に持って行っていました。
博士の子ども時代と今の子どもたちが、繋がる感覚。
とてもよい空気が流れていたように感じられた時間でした。
星博士、絵本
こちらでも報告しています〜。私のfacebook個人ページですが。。。)

サイエンスカフェは、科学知識を学ぶだけの場所ではありません。
博士の人柄に触れたり、研究に対する姿勢を垣間みたり、
身近だけれど、普段はあまり深くは考えないかもしれないことを、
ふと立ち止まって、親子で、お友達と、会場に一緒に居た人と、一緒に考えてみたり。
それについて、色んな想いをお話したり。

私は、文字通り「出会い」の場所だと思っています。

ただ何となく目に入る、通りすぎる、では「出会い」にはなりません。
感動したり、何だろう、と不思議に思ったり、
博士って面白い!こんな風に考えられるんだ!こんな風に見えるんだ!
そんな心が動く瞬間を「出会い」と言うのだと思います。

そしてそれは極めて主観的なもの。

こんなものに出会ってほしいなあなんて願いを込めながらも、
どんな「出会い」をするか、は参加者(主催者も)それぞれに依っているんだと思っています。
いつもサイエンスカフェの場に一緒にいながら、
子ども達の思いもよらない反応に、子ども達の中でどんな「出会い」が起こっているのか、
私もわくわくとしています。

次回のコドモtoサイエンスカフェは、
8月2日(土)16時〜17時半。「ネコ博士」をお迎えして行う予定です。

詳細が決まったら、またこちらでも告知をさせてもらいますね。(忘れそうって?うーん。)

今回は、開催時間がいつもより一時間程早くなっています。
これにもある理由があります!こちらもお楽しみに〜(^ ^)


まいちでした。
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科学とは、カマキリの気持ちになってみること

今日は、6月の終わりから7月にかけて
CLCworksのお部屋で行われる「ちいさな絵本カーニバル〜かがく〜」の際に
ぜひ選びたいと思っている絵本の1冊を紹介します。


けっしてそうではありません/五味太郎

けっしてそうではありません


3月のしゃくとりむし
しゃくとり虫は 樹の高さをはかっているのではけっしてありません。
まだ足し算も掛け算も習っていないから はかってもむりなのです。
(p8 3月のしゃくとりむし より)


突拍子もないかもしれないけれど、
「科学」ってまずはこういうことなのかな、と思ったりするのです。

その生き物の気持ちになってみること。
自分が、人間として、当たり前だと感じていることは、
その生き物にとっては、決して当たり前ではないのです。

じゃあ、どうして、しゃくとりむしは
ああも懸命に、樹をのぼって行くのだろう??
しゃくとりむしにとって、
樹をのぼるってどういうことだろう??


***********


以前、「クオリア」で有名な
脳科学者の茂木健一郎さんのツイッターにこんな文章があげられていて
ひどく共感したものです。一部引用させてもらいますね。

(1)最近、ある場所で子どもたちがインタビューされるのを見ていたら、将来なりたいものとして、「科学者!」と答える子が案外多いのに驚くとともにうれしくなった。ぼくも、蝶の採集や研究に明け暮れた小学生時代で、「科学者になりたい!」と大人たちに言っていたものだ。kenichiromogi 2011/12/26 07:13:48

(2)子どもたちに科学に対する興味をどのように持ってもらうか。ぼくは、一つの鍵は「カマキリの気持ちになる」ことだと思っている。そんな話を東京芸大で授業をしていた最初の頃に言ったら、今でも覚えている学生がいるので、今朝はそのことを書こうと思う。kenichiromogi 2011/12/26 07:14:59

(3)秋の野でカマキリを一匹見たとき、「ああ、いるんだ」で片付けてしまわないで、そのカマキリの気持ちになって一生をたどってみる。まずは、生まれたとき。あんなに小さいのに、一体何を食べて育てばいいというのか。kenichiromogi 2011/12/26 07:16:35

(4)カマキリは結局自分が食べた分しか大きくなれない。余裕になって蝶でもバッタでも取り放題になったらいいとして、卵から孵化して小さいときに、か弱いカマで何を食べるのか。そんな風にカマキリの「気持ち」になって想像してみることで、科学に対する興味がわいてくる。kenichiromogi 2011/12/26 07:17:42

(5)カマキリは小さい時にはアブラムシなどを食べているようなのだが、そこから始まって、徐々に大きな獲物に「アップグレード」していく。自分がとれる獲物をどうやって判断しているのか。自分の身体の大きさと、相手の大きさをどうやって比較しているのか、想像始めると興味は尽きない。kenichiromogi 2011/12/26 07:19:08

(6)川を泳ぐ魚を見て、「ああ、いるんだ」で済ませないで想像してみる。流れに逆らって泳いでいないと、同じ場所にとどまれない。大雨が降って濁流になったときは、どうやって同じ場所にいるのか。小石の下に隠れる? あるいは、流されてしまう? それから、時間をかけて戻っていくのか? kenichiromogi 2011/12/26 07:20:59

(7)自然の中に息づく生きもの、物体を見て、「ああ、あるんだ」と片付けるんじゃなくて、そのものの気持ちになって、どうなっているのか想像してみる。科学とは、つまりは他者の気持ちを思いやることであり、他者の気持ちになって、どのように成立しているのか想像してみることである。kenichiromogi 2011/12/26 07:22:53

(8)りんごが落ちるのを見て、「ああ、落ちるんだ」で片付けなかったからこそ、ニュートンは万有引力を発見できた。光を光のスピードで追いかけたらどうなるのかと、光の気持ちになったから、アインシュタインは相対性理論をつくれた。他者の立場になって想像するところから科学は始まる。kenichiromogi 2011/12/26 07:24:14

(9)テクノロジーに対する興味も同じこと。コンピュータやスマートフォン、インターネットが、「ああ、そういうのあるんだ」で片付けないで、どのように動いているのか、スマホやネットの気持ちになって想像すれば、科学への興味がわいてくる。科学する子とは、他人の気持ちがわかる子である。kenichiromogi 2011/12/26 07:26:07


***********


同じように保育師をされている方も
「科学する気持ち」を育てることは、
相手の立場に立って考える「思いやり」を育てることにも繋がる、とおっしゃられていました。

どうしてそんな風になるんだろう?
どうしてそんな風になっているんだろう?

どうしてあの人はあんな風に言うのかなあ、、

なんて。
物事には、それを支えている背景があって、
自分の常識に合わせて、きっとそうに決まってる!ではなくて、
その生き物の性質とか
置かれている周りの環境とか状況とか、進化の過程とか。
長い長い目で見たり、
1つ1つ丁寧に考えて行くと、
思いもよらなかったことが見えてきたりするんです。


そこで、自分だけで考えていると必ず「分からない」が出てくる。
そうすると、他の人に聞いてみたり、
昔同じようなことを考えた人はいないかを調べてみる。

自分が考えたことと、
他の人が考えたこと、考えてきたことをつき合わせてみると
また思ってもいなかった発見になるかもしれない。

もちろん科学に限らないですが、こういう気持ちを育てるには
科学がその1つになるし、
もっと言うと自然科学に限らず、
何かについて「学ぶこと」ってそういうことだなあと思ったりするのです。


「ああ、いるんだ」
「ああ、あるんだ」で終わらせない、
他者の立場になって想像すること、大切ですよね。


それでは、またmaichi2(変換後)

いろんな眼

虫眼とアニ眼
虫眼とアニ眼/徳間書店




前回のコドモtoサイエンスカフェ第二回でどうしても聞きたかったこと。

虫博士は、どうして「虫」が見えるのか。

ツノゼミとか小さいものは2ミリ程だという。
飛んできてもゴミかと思って振り払ったり、もしかすると気づきさえしないかもしれない。
あんな面白い形をして、魅力的に見えるのにはきっと特殊な能力があるはずだ、と

実際に先生は、飛んでいるものを見つけると
それが小さくても、その対称性などから虫だ、と分かるそうだ
長年の経験とまたずっとそのフィールドでやってきた直感的なものがあるんだろうな、と思う


こんな私も小さな頃は虫捕り(特にセミ捕り)が大好きだった。
大人になるにつれて虫を見つける能力が落ちたなあて本当に思う。
ミーンミーンってセミたちが騒がしく鳴く木々を見ても何にも見えないんだもの。

虫が苦手な人は多いけれど、そういう人たちが見ると
「気持ちが悪い」て真っ先にそれなんだろう。

でも、何かのフィルターを通して見た瞬間、ものすごく魅力的に素敵に見えることがある

虫眼を持つ人たちは、
それが生き物であるということと同時に、その虫の持つ魅力を
真っ先に感じ、そこに感動をすることができるんだろうな、と思う

そういう人たちから見る世界はどんな感じだろう、、私が研究者に憧れ尊敬を抱く大きな理由。


******

なんてサイエンスカフェを終えて
随分前に出会った本を思い出した。

「虫眼」を持つ解剖学者の養老孟司さんと「アニ眼」の宮崎駿さんの対談集。

「トトロは1年に一回観て、後は子どもと、山へどんぐりを捜しに行って欲しい」と、どちらも子どもたちには沢山直接の体験をして欲しいという想いが共通している。

何がよくて何がわるいとか、そんな話じゃない
色んなものに真剣に純粋に向き合える「眼」が大事なんだ
沢山の心に触れる経験から、自分の感覚や能力を感じて欲しいという想いには私もとても共感した

はて、私は何眼かしらん。





生活の中で

こんばんは、
まいちこと坂倉真衣です。

一日に一回は更新しよう〜と心に決めた今日この頃です。
(活動する中で、研究する中で、お話したいこと、
発信したいことは沢山あるのですが、中々言葉にならないのです•••言葉にするのは難しい!)


今日は、実現するかは分からないけれど
ちょっとしたご報告です。

昨日、「おしゃべりサイエンス教室」をさせてもらっている公民館の方から電話がありました。
「お醤油作りをしませんか〜」とのこと!

何でも、商店街の中にあったお醤油屋さんのおばあさんとおじいさん、
少し前にお店は閉められたそうなのですが、
お醤油作りの道具一式はそのまま取ってあるとのことで使ってもいいですよ〜と
言って下さったそうなのです。
(少し前まで、手作りのお醤油屋さんがあったことにもオドロキ)

こうやって商店街のお店の方から、
公民館の主事さんを通して、私にもお話が入るのが嬉しいですネ。


今は何でも既製品の完成された状態で、
中々その「過程」を見ることができません。

ただ何かをするにあたって、何でも出来上がった状態だけではなくて、
やっぱりその「過程」こそが楽しいんだなあ、
「過程」をじっくり楽しめることの贅沢さを感じます。

確かに手間がかかるし、大変なこと、
だからこそ、自分でやって実感してみること、
ずっとずっと心の奥に残って行く体験になるんだと思います。


そんな訳で、
お醤油サイエンスカフェ!?
食べ物わくわくワークショップ!?

近いうちに開催するかもしれません。

作ったお醤油で、お刺身も食べたいな〜!
冬も近し、お餅とかでもいいかも。


楽しみだー!まいち


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